水生昆虫の危機!

○はじめに

 昔々、といってもつい最近までだが日本の池や沼、水田にはたくさんの水生昆虫が住んでいた。そし  て、これら水生昆虫の中で最大級の大きさをもつタガメは、子供たちの絶好の遊び相手であった。しかし、近年の便利さを追求した農地改良や開発、農薬散布によりタガメは我々の前から姿を消し、現在では「日本の絶滅の恐れのある野生生物-レッドデータブック-」(1991年:環境庁)に危急種として扱われている。入道雲の下、風わたる夏の水面に映っていた彼らの姿はどこへ消えてしまったのだろうか。タガメが住んでいるということはその水辺が豊かな証拠であり、タガメの減少は、水辺の生態系がいかに危機に瀕しているかを象徴しているのである。

 近年、生物を含む自然環境破壊の反省から自然保護に関する試みが実施されている。タガメなどの水生昆虫がすむ身近な水辺の生態系の復元・維持もその一つであり、そのためには水生昆虫の生活について知ることが重要である。

 ここでは、タガメの生活の様子を通じて失われた水辺の生態系について述べることにしよう。

○僕の生態を紹介しよう

●生息場所

 僕は溜池や水田、流れの緩やかな小川で、水生植物がたくさん茂っているようなところにすんでるんだ。同じ場所にはメダカ、ドジョウ、ゲンゴロウ、コオイムシ、タイコウチ、ミズカマキリ、マツモヌシ、ミズスマシ、ガムシ、ヤゴ(トンボの幼虫)、アメンボ、オタマジャクシ、カエル、タニシなどがいるんだよ。

●食べ物

 僕は泳ぐのはあまり上手でないの。だから水草などに隠れて近くを通る獲物を待ち伏せて、大きく鎌状に発達した前脚で捕らえるのが得意ワザ。大人のタガメも子供のタガメも小魚やカエル、他の水生昆虫などを捕らえ、体内に消化酵素を送り込み溶かした肉や内蔵を吸いとる。時には自分の2倍近くもあるカエルなどを捕らえて食べることだってあるんだよ。
 僕たちは臭いにおいを出すカメムシの仲間で、アメンボ、タイコウチ、ミズカマキリ、コオイムシ等も同じくカメムシの仲間。彼らも同様に餌になる水生昆虫等の体内に消化酵素を送り込み溶かした肉や内蔵を吸いとる。
 でも、ゲンゴロウくんは丈夫な大顎をもっていて、それを使って小魚や水生昆虫を食べ、ゲンゴロウに形が似ているガムシくんは、幼虫時代は肉食であるが成虫では水草を食べているよ。

●呼吸方法

 水生昆虫が水の中で呼吸する方法は大きく分けると、水から酸素をとるえら呼吸と空気から酸素をとる空気呼吸の2つ。川では水温が低く、流れがあるから、えら呼吸をするトンボやカワゲラなどの水生昆虫が多くなるよ。僕がすむ沼や池のように流れがなく、夏には水温が高温になり、水中の酸素がかなり少なくなるところでは空気呼吸をする水生昆虫が多くなってくるんだ。ここでは空気呼吸をする水生昆虫の呼吸方式を3つに分けて紹介するネ(方式名は学術用語ではないよ)。

<ガスボンベ方式>

 はねと腹部の間にガスボンベのように空気をためておき、水中で呼吸する。そのためおしりに空気の泡をつけて泳ぐこともある。

 例)ゲンゴロウ、ガムシ、ミズスマシ、ミズムシ、マツモムシなど

<シュノーケル方式>

 おしりにシュノーケルのような細長い呼吸のための管があり、これを水面につきだして空気を吸う。

 例)タイコウチ、ミズカマキリなど

<ガスボンベ・シュノーケル方式>

 通常、おしりにあるシュノーケルのような短い管を水面につきだして空気を吸うが、水中に潜るときは短い管を体の中におさめ、代わりにガスボンベ方式で呼吸をする。

 例)タガメ、コオイムシなど

●産卵について

 僕たちタガメの雄は、6月頃になるとバナナのようなにおいを出して雌をよびよせるんだ。産卵準備のできた雌はこのにおいをかぐと興奮状態になって、においを出している雄を求めて移動してくるの。

 でも、雄は雌と出会ってもすぐには雌に近づいてはくれないよ。というのは、雄は雌より体が小さく、雌と間違えて食べられてしまうからだよ。そこで雄は水面をゆらして振動を起こし合図を送り、雌の方からもOKの合図が送られてくれば雄は雌と交尾をすることができるってわけ。交尾は水中で行われるヨ。みんなから見えないようにね。

 交尾は何回も繰り返されるんだ。交尾後、雄は雌を水面上の杭や植物の茎へ導いて、雌はそこで産卵をはじめる。産卵中、雄は水中でじっとしてるだけ。やっぱりね。雌は産卵の途中に休憩をはさむ。すると雄が上がってきてもういちど交尾を始める。交尾が終わると雌は再び産卵を始め、雄は水中に戻る。こうして交尾と産卵は約2時間も続くんだよ。 タイコウチやミズカマキリは水際の湿ったコケなどに卵を産みつけるんだ。産み付けられた卵の上には呼吸管がついていて、雨で水位が上がった時も呼吸ができるようになってるってわけ。またゲンゴロウはオモダカなど水草の太い茎の中に1個ずつ卵を産みつけるんだ。

●僕たちの繁殖作戦

 僕たちタガメの雌と雄は、自分の子孫をより多く残すために別々の戦略をとっているヨ。雌は産卵後、卵から離れ次の産卵のために餌を探しに行って、栄養を十分に蓄えると別の雄とまた交尾して、産卵する。雌は1シーズンに2~4回産卵するんだ。産卵を繰り返すことによって子孫を多く残そうとしているんだね。

 それから、雄は雌の産卵後、卵塊の上に覆い被さって、孵化までの約1週間何も食べずに卵を守る。卵を水で濡らし乾燥から守ったり、敵が近づくと前脚でおどかし、追い払うんだ。さすが雄だね。しかし、卵を守っている最中に交尾相手を求めて別の雌が現れ、卵塊から雄が追い払われてしまうこともあるんだ(雄は雌よりも体が小さくて弱いからね)。雄を追い払った後、雌は卵塊を壊して、ついさっきまで卵塊を守っていた雄と交尾を始めちゃうんだ。ここにも雌が子孫を残すための戦略があらわれているね。日中、雄は卵塊から少し離れた水中にいることがよくある。これは鳥などに狙われないためだと思われていたんだけど、いまでは雌に追い払われないように隠れてるんだというように考えられているほどなんだ。

 僕たち以外にも卵を保護する水生昆虫がいるよ。それはコオイムシ。春、雌が雄の背中にたくさん卵を産みつけ、雄は卵塊を守るだけじゃなくて、卵を空中に出して呼吸を助けたり、孵化の時にも卵を空気中に出して幼虫が溺れないように世話をするんだよ。

●幼虫の孵化と脱皮

 僕らの卵は7~10日で孵化する。孵化はいっせいに行われ、すべての卵が孵化したしたら、いっせいに水中へ飛び込むんだ。ばらばらだとミズカマキリやタイコウチなど他の水生昆虫に次々に食べられちゃうからね。幼虫は脱皮を5回繰り返して成虫になるんだ(幼虫は脱皮回数によって1齢幼虫、2齢幼虫・・・と呼ばれているよ)。1齢幼虫は集団で獲物をおそう。

 他の昆虫でも同じなんだけど、脱皮は僕たちにとって命がけ。脱皮中や脱皮直後に別のタガメやタイコウチ、ゲンゴロウなどにおそわれたり、途中で力つきて死んじゃったり、古い皮がはがれなかったりと、それはもう危険だらけ。無事成虫になるまでには約1ヶ月半かかって、7月中旬から9月の終わりごろには成虫になるよ。羽化した成虫は幼虫時代に住んでいたすみかを離れるんだ。これは兄弟同士の交尾をさけるため、またはよりよい生活場所を見つけるためとも考えられている。羽化後、体がかたまったら成虫は胸をふるわせ、体温をあげ、新たな生活場所を目指して飛んでいくんだ。

●冬眠

 僕たちは成虫のままで冬を越す。冬眠するために、十分な栄養を蓄えなくちゃいけない。また、水田ではイネが実ると水田の水抜きやイネ刈りが行われるから、餌や冬眠の場所を求めて移動するんだ。池や水たまりの水草につかまったり、適度に水分がある枯れ草や泥の中へね。僕らは冬眠中、何も食べず、翌年の5月下旬から6月初旬の田植えが済むまで、隠れたまんまなんだ。

●失われた身近な水辺の生態系

 アフリカの草原に住む動物のように、溜池や水田にも、食う食われるの食物連鎖がある。水面に落ち、溺れた昆虫がいるとアメンボは水面の振動で餌のありかをキャッチし、補食する。しかし、アメンボはミズカマキリなどに補食され、ミズカマキリは、僕たちタガメに補食される。水の上、水面、水中の生物が密接に結びついて一つの世界をつくっており、その頂点に立つのがタガメなのである。しかし、食物連鎖の頂点に立つタガメでさえ、幼虫はタイコウチやミズカマキリなどに補食され、成虫は水鳥に補食される。ある特定の種だけが増えすぎないように水生動物が互いに関係しあって生きている。

 タガメは、レッドデータブックに記載されている種のなかで、以前はどこにでもいたが、近年どこにいっても見られなくなったものの代表である。タガメの減少は、全国で同じような水辺環境の変化が起こっていることを示している。タガメに限らず、ゲンゴロウやガムシの仲間も姿が見られなくなった。

 圃場整備では、大型の農業機械を導入できるように水田の面積を広げ、規則正しく並び替えるため、水田や周辺の環境が掘り返されたり、埋め立てられたりする。圃場整備の結果、できあがった水田は水生昆虫が以前に住んでいた環境とは全く異なるものである。コンクリートに覆われた用水路は水の流れが早く、泥や水草もなく、タガメや他の水生昆虫にとって、大変住みにくい場所である。特に水草や周辺の植物は多くの水生昆虫の産卵場所になっているため、その減少は致命的である。また、タガメは趨光性が強いため、近年増加した街灯(特に水銀灯)も大きな驚異となっている。タガメが絶滅してしまうことは、すなわち、水辺の生態型のピラミッドが崩れさることを意味するだろう。私たちは水辺の生態系にもっと目を向けて、人間もまた、大きなピラミッドの一部だということを思い出さなければならないだろう。

-参考文献-

・財団法人リバーフロント整備センター(1996)川の生物図典 山海堂

・津田松苗(1974)水性昆虫の生態と観察 ニューサイエンス社

・(株)JICC(ジック)出版局(1992)レッドデータアニマルズ ~日本絶滅危機動物図鑑~

・内田安茂(1991)わくわくウォッチング図鑑

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